高齢者の賃金に関する新聞記事
【日曜経済講座】経済本部部長・長谷川秀行 65歳までの雇用義務化
■均衡取れた「雇用」「賃金」確立を
厚生年金の受給開始年齢が60歳から65歳へと引き上げられることに対応し、定年後も希望者すべての継続雇用を企業に義務づける改正高年齢者雇用安定法が4月に施行される。60歳の定年後、無収入となる事態を避けるためだ。本格的な高齢化社会では安心して働き続けられる労働環境の整備が欠かせない。ただ、そのための原資をどう捻出するかは難しい問題だ。現役世代の負担増も含めて賃金制度を抜本的に見直そうとする企業も出ており、今春闘の論点のひとつになっている。
◆賃金総額2%増
厚生年金の受給開始年齢は、男性の場合、平成25年度から12年かけて段階的に65歳まで引き上げられる。多くの企業は60歳定年制であり、定年後、受給開始までの収入確保は深刻な問題となる。
現行法でも、65歳まで働けるよう(1)定年の引き上げ(2)継続雇用制度の導入(3)定年の廃止-のどれかを企業に求めており、多くの企業は契約社員などの形で雇用を継続する制度を整備している。
ただ、労使協定を結べば継続雇用対象者を選別する基準を設けられる。働ける健康状態かどうかや、欠勤が多すぎないかなどのほか、社員の評価も基準にできるため、成果の乏しい社員を雇用しないことも可能だ。現実には、基準に合致しないとして雇用されないケースはわずかだが、すべてに継続雇用の道が用意されているわけではない。
このため、基準を撤廃し、受給開始まで希望者すべての継続雇用を義務づけるのが4月施行の改正法だ。当然、企業は負担が増える。従来なら定年で一線を退いていたような人が雇用を望む可能性もあり、経団連は継続雇用者の割合が現状の74%から5年間で90%に高まると想定、企業が支払う賃金総額は2%増えると試算した。
◆賃金カーブ見直し
ただ、企業にすれば人件費増加は避けたいところだ。このため、原資を確保するには現役の賃金を抑制する対応も視野に入る。賃金カーブの見直しもそのひとつだ。
賃金カーブは年齢や勤続年数に応じて賃金がどう変わるかを表し、通常は右肩上がりのカーブを描く。その見直しは将来の生活設計に直結するため容易ではないが、経団連が今年の春闘で見直しの必要性を訴えるほか、NTTグループの労使は新制度を10月から導入することで合意した。
具体的にNTTグループ案をみると、賃金のうち年功要素の強い基本的給与の割合を減らす一方、成果や業績に応じた手当を従来より拡大し、成果次第で社員の賃金カーブに従来以上の開きが出るようにする。成果が高ければカーブは今より高めに推移するが、逆に下ぶれする社員もおり、トータルでは上昇を抑制する仕組みだ。
新制度が反映されるのは40歳前後からで、浮いた費用は60歳以上に回す。これにより、現在、210万~240万円の60歳以上の年収は、能力に応じて、少ない人でも300万円前後、多い人は400万円前後までアップする。
重要なポイントは、65歳までをひとつの就労期間ととらえ、世代にかかわらず成果や能力の要素を処遇に反映させる点だ。年功で一律に賃金がアップする仕組みの維持が難しいことは多くの企業に共通する。横並びでは、やる気と能力のある人を十分に処遇できないことは、現役世代も定年後の継続雇用も同じだ。高齢者を戦力として活用することが求められる年金受給開始年齢の引き上げは、現役を含む制度全体を見直す大きなきっかけともなっている。
◆積み立て方式も
もちろん、人件費増加を回避する手段は賃金カーブの見直しだけではない。企業は多様な対応を模索している。トヨタ自動車の労使は、現役時代から一定額を毎月積み立てて定年後に支給する制度を議論している。積み立て原資は社員の賃金のほか、社内の福利厚生制度から充当することも検討。社員の自助努力を会社として支援する形だ。
負担増への対応は、経営状況や社員の年齢構成などを踏まえて個別企業ごとに最適の方法を探ればいい。ただ、その際に留意すべきことは、限られた人件費というパイを世代間で奪い合う分配論に終始すると、経済に悪影響を及ぼしかねないということだ。
高齢者を活用しようとすれば、結果的に若者の採用を減らす事態が想定される。現役の賃金を減らしすぎると、消費には打撃となり、デフレからの脱却にはマイナスだ。個々の企業としては理にかなった現実的な対応でも、経済全体でみると意図しない悪い結果を招く「合成の誤謬(ごびゅう)」と呼ばれる事態だ。それを避けるためにも、老若男女でバランスの取れた雇用を実現する視点を忘れてはならない。
[産業経済新聞社 2013年1月13日(日)]